未来の経済と幸福度

経済システムのアフォーダンス:人間中心設計に基づく相互作用と unintended consequences の考察

Tags: 人間中心設計, 経済システム, アフォーダンス, システム設計, 行動経済学, デジタル経済, unintended consequences

はじめに

現代の経済システムは、単なる市場メカニズムや制度の集合体としてのみならず、人間の行動や意思決定に対して特定の可能性を知覚させ、あるいは制約する「環境」としての側面を強く持っています。特にデジタル化が進展し、プラットフォームやアルゴリズムが経済活動を媒介するようになったことで、システム設計が人間の経済行動に与える影響はますます無視できないものとなっています。

本稿では、知覚心理学やインタラクションデザインの分野で用いられる「アフォーダンス」という概念を経済システム論に導入し、人間中心設計の視点から、経済システムが提供するアフォーダンスの性質とその影響について考察します。経済システムが人間に対してどのような行為の可能性を提供し、それがどのように知覚され、利用者の行動やシステム全体の振る舞いにどのような意図的な、あるいは予期せぬ影響(unintended consequences)をもたらすのかを明らかにすることは、より人間的で持続可能な未来の経済システムを設計する上で重要な示唆を与えると期待されます。

経済システムにおけるアフォーダンスとは

アフォーダンス(affordance)は、環境が生物に対して提供する行為の可能性を指す概念であり、ジェームズ・ギブソンによって提唱されました。これは環境の客観的な性質と、それを知覚しうる生物の能力との相互作用によって生まれるものです。人間中心設計の文脈では、デザインされた人工物がユーザーに対してどのような操作や機能を「提供しているように見えるか」、あるいは「提供している」かとして理解されることが多いです。

経済システムにおけるアフォーダンスを考えるとき、これは市場構造、制度、規制、技術プラットフォーム、金融商品、情報インターフェースなどが、経済主体(個人、企業、組織など)に対して提供する経済的行為(購入、販売、投資、貯蓄、労働、情報共有など)の可能性と、それを主体がどのように知覚し、選択しうるかという側面に該当します。

例えば、あるオンライン取引プラットフォームの設計は、特定の情報の表示方法や取引プロセスの流れによって、ユーザーに迅速な衝動買いを促すアフォーダンスを提供するかもしれません。また、金融規制は、特定の金融商品の利用を制限するアフォーダンスを提供し、利用者のリスクテイク行動に影響を与えるでしょう。さらに、共有経済プラットフォームにおける評価システムは、ユーザー間の信頼醸成というアフォーダンスを意図的に設計していると言えます。

重要なのは、アフォーダンスがシステムの物理的または構造的な特性から直接的に生じるものであると同時に、それを知覚し、利用する主体の認知能力、知識、文化、さらには一時的な心理状態によってその知覚され方や利用され方が変動する点です。これは、経済システム設計が多様な主体に対して異なる影響を与えうることを示唆しています。

人間中心設計に基づくアフォーダンス設計の意義

経済システムのアフォーダンスを人間中心設計の視点から考察することの意義は、単にシステムを効率化するだけでなく、システムが人間のウェルビーイングや社会全体の公平性にどのように貢献できるか、あるいは阻害してしまうかを深く理解し、積極的に設計することにあります。

従来の経済理論では、経済主体は合理的に自己の効用を最大化すると仮定されることが少なくありませんでしたが、行動経済学の研究が進展するにつれて、人間の意思決定が様々な認知的バイアスや感情に影響されることが明らかになってきました。アフォーダンスの視点は、この人間の非合理性や文脈依存的な行動を、システムという「環境」側からの影響として捉え直すことを可能にします。システム設計が提供するアフォーダンスが、意図せずとも特定の非合理的な行動を誘発したり、情報格差や機会不均等を助長したりする可能性を認識し、それをどのように回避あるいは修正するかを考える上で、アフォーダンス概念は有効なフレームワークとなります。

人間中心設計に基づくアフォーダンス設計とは、システムが提供する行為の可能性とその知覚が、利用者の多様なニーズ、能力、価値観に適合し、彼らの目標達成やウェルビーイング向上に資するように、意図的かつ慎重にシステムを構築するプロセスを指します。これには、以下のような側面が含まれます。

  1. 透明性と理解可能性: システムのアフォーダンス(例:何ができるか、その結果どうなるか)が、利用者にとって明確かつ容易に理解できるように設計すること。複雑な金融商品やアルゴリズムによるレコメンデーションなど、不透明なアフォーダンスは利用者の不利益につながる可能性があります。
  2. 制御可能性とエージェンシー: 利用者がシステムによって提供されるアフォーダンスを選択し、自己の行動を制御できる余地を確保すること。過度に強制的なアフォーダンスや、選択肢を狭める設計は、利用者の自律性を損ないかねません。
  3. 予期せぬアフォーダンスへの配慮: 設計者が意図しなかったにも関わらず生じるアフォーダンス、特に利用者の不利益や社会的な負の側面をもたらす可能性のあるunintended consequencesを予測し、その発生を抑制、あるいは修正するメカニズムを組み込むこと。これは、例えばソーシャルメディアにおける意図しない情報拡散のアフォーダンスが、フェイクニュースや社会的分断を招くといった問題に対処する上で重要です。
  4. 包摂性とアクセシビリティ: 多様な能力、背景、知識を持つ利用者が、公平にシステムのアフォーダンスを利用できるよう配慮すること。デジタルデバイドや情報リテラシーの格差が、経済システムにおけるアフォーダンスの享受機会に影響を与える可能性があります。

事例と残された課題

デジタル経済プラットフォームは、アフォーダンス設計の具体的事例を豊富に提供しています。例えば、フリーランス向けのマッチングプラットフォームは、仕事の受発注、契約、報酬支払い、評価といった一連の行為に関するアフォーダンスを設計しています。この設計が、個人の働き方、収入の安定性、社会保障へのアクセスなどに直接影響を与えます。もし評価システムが特定の働き方を不当に不利にするようなアフォーダンスを提供している場合、それは人間中心設計の観点から問題となります。

また、アルゴリズムによる価格設定やレコメンデーションシステムは、消費者の購買行動や市場価格に大きな影響を与えるアフォーダンスを提供しています。これらのアルゴリズムが、特定の層に不利な価格を提示したり、情報フィルターバブルを生成したりする可能性は、意図しないアフォーダンスの典型例であり、公平性や競争の観点から重大な課題を提起しています。

経済システムにおけるアフォーダンスを理解し、人間中心に設計するためには、いくつかの重要な課題が残されています。第一に、経済システムにおけるアフォーダンスをどのように概念化し、測定するかという理論的・実証的な課題があります。多様なシステム特性が多様な主体に与えるアフォーダンスを定量的に評価する方法論の確立が必要です。第二に、望ましいアフォーダンスとは何か、誰にとって望ましいのかという規範的な議論が必要です。これは、個人の自由、公平性、効率性、安定性など、様々な価値観をどのようにバランスさせるかという社会全体の設計思想に関わります。第三に、アフォーダンス設計の実践的な手法論と、それを実現するための技術的・制度的なメカニズムの開発が求められます。

結論

経済システムを人間との相互作用の中で特定の行為の可能性を提供する「環境」として捉え直し、アフォーダンスの視点からその設計を考えることは、未来の経済システムを人間中心に構築するための強力な視角を提供します。システム設計が提供するアフォーダンスが、利用者の行動や意思決定に深く影響を与え、意図的な効果だけでなく、時に予期せぬ負の側面をもたらすことを認識することは不可欠です。

人間中心設計に基づくアフォーダンス設計の探求は、単に経済的効率性を追求するだけでなく、透明性、制御可能性、包摂性、そして予期せぬ結果への配慮を通じて、利用者のウェルビーイング向上と社会全体の公平性・レジリエンス強化に貢献する可能性を秘めています。今後の研究では、経済システムにおけるアフォーダンスの概念化、測定、そして人間中心的な設計原則に基づいた実践手法の開発が重要な課題となるでしょう。この探求を通じて、私たちはより人間的な、すなわち、人間の尊厳と多様性を尊重し、彼らの豊かな人生に資する未来の経済システム像を具体的に描き出すことができると考えられます。